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他でもない羊水発言で大変な事になってしまった倖田來未ネタ。
私は事件以前に彼女が苦手である。

自信過剰で自意識過剰な雰囲気と、エロともカッコイイとも言い難い独特の品の無さに引いてしまう。

私は「倖田來未はキン肉マングレートに似ている」と、執拗に主張をするのだが、あまり賛同を得られず、残念に思っている。


それはさておき・・・このような愚行は、あまり他人事でもなかったりする。
いわゆる「やっちゃった(やってしもうたあ~)的な状態」は、誰にでも起こり得る事態だからだ。

そして、そういった時こそ人としての真価が問われる。
本件は、9割がた調子に乗った挙句、配慮に欠ける(しかも間違った)発言をしてしまった。
もしくは、行き過ぎたリップサービスといったところか。

万が一にも考えにくいが、信念に基づく発言なら、徹底抗戦すればいい。

また、落ち度を素直に受け入れ、後々の反省材料とするなら、復活を果たした時に評価しようではないか。

この期に及んで「自分では~なつもりで」とか「実は幼少の頃に~」みたいな眠たい言い訳をしたとすれば、その程度の器と云う事だ。

内心では、目を反らしたり、逃げたり、或いは開き直ったりしても、意外と何とかなってしまう訳だが・・・その場合、過ちはただの黒歴史にしかならず、何も生まなくなる。

メディアに露出する人間として、如何に対応し、どのように向き合っていくかが今後の焦点であろう。


人の振りを見て我が振りを省みる良い機会・・・と、言えなくもない。

抑鬱状態の人間に「頑張れ」とか・・・追い込むようなことを言うな、と(`д´)
期待や励ましが苦痛にしかならない時もある。

追い込んで、奇行を晒せば、またそれが話題になり・・・

著名人の動向には需要があるから、なかなか安息を得られなさそうで気の毒だ。

「かつては最強の座を手にした彼が何故?」
そう考える人も居るだろう。

「心の病」とは、弱い人間だけがわずらうものではない。
そうなってしまうだけの「何か」があるのだ。


目視できない変化への認知度は、どうすれば高まるのか・・・
これはメンタルヘルスにおける永遠の課題ではないだろうか。

この窮地を乗り切ってほしいと願うばかりである。

歌手の華原朋美の引退についてだが、失恋が尾を引いたのか、最盛期の栄光が忘れられなかったのか、痛々しい話だ。

勝手な推測ではあるが・・・生理的反応の悪循環とでも言うべきか、彼女は依存傾向が強く、「何かしらの事件」によって「大切なもの」を失い、アイデンティティ(存在意義)を見失うくらいのショックを受け、人格を損傷してしまったのではないだろうか。

家族や知人との死別、仕事、失恋・・・人は生きる上で「獲得」と「喪失」を何度も経験し、“どのように得て、どのように失ったか”といった記憶は、人格や価値観に大きく作用する。

メディアは仕事柄、著名人の奇行を“異常者の降臨”と言わんばかりに面白おかしく書き立てるが、“笑い事ではない”ケースもある。
「有名税」とはよく言ったものだ(´-ω-`)


人は身を置く環境次第で、壊れてしまう。

狂気の大半は、内在するものではなく、侵略する「毒のようなもの」だ。
もちろん、先天的な資質や個人差もある。


悲しい思い出は、前触れもなく蘇り、心を蝕むだろう。

耐え難い損失感に押しつぶされそうになれば、他の“何か”で埋めようとするだろう。

苦痛から逃れようとする行為を、どうして一概に揶揄できようか。

私は彼女を笑えない。


昔から歌には共感できなかったが、「心の拠り所を見付けてほしい」と、切に願うばかりである。


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