最近の記事:私生活

頑張った時もそうでない時も、私を撫でてくれる夜風が好きだ。

実用性と結果のパズルに頭を抱える毎日も、この秋の夜を迎えさえすれば、疲れた生命は生きる喜びを思い出す。

心の篭らない、しがらみのない恩恵だからこそ、心を預けられる。

思惑のない優しさは、幻の出来事だと知ったからだ。

人に認められる安らぎは、苦難の先にあるらしい。

そうでなければ、誰かは納得が行かないのだそうだ。


こんな事を考えながら、今日も元気に生きています('A`)

クロムカラー問題は、午後からの在宅で一時的に解決。
予想通りの結果だが、定期的に息抜きをしながらでも作業の進行速度は飛躍的に上がった。

「もっと早く許可を得ていれば、売上減少の緩和ぐらいにはなっただろうに・・・」
キライなタラレバが頭をよぎる。

「並行が困難で進まない」状況を伝える。
たったこれだけの事を伝えるために、四苦八苦しなければならない現状が恥ずかしい。

私の勤務先は社員が10人にも満たない小規模の(むしろ零細)企業だ。
少人数で意思の疎通が難しいのは、目指すべき方向が違うからなのだろうか。


根底を何とかしなければ同じ事の繰り返し・・・もし今後も同じ職場で働くのなら、解消しなければならない問題である。

転職を視野に入れる理由は、理解を得がたい環境だ。

「出来ることなら、技術者にも数字を作ってほしい」という営業的なスタンスは、技術職をナメていると思う。

システムやウェブページの開発を担当する前の話ならともかく、主導となっている今、兼任できない事が分かってもらえない。


転職をためらう理由は、理解のある上司に迷惑をかけたくないからだ。

自惚れと思われるかもしれないが、私が職を退くと、業務システムやウェブページの改定はほぼ運用不能となる。

OSのインストールやカスタマイズ、ネットワークプリンタのセットアップですら、できるかどうか怪しい。

最悪、保守会社と契約をすれば良いのだから、生殺与奪権とまではいかないが、上司には相当な負担がかかってしまう。

恩と理解には実績で報いたい。
でなければ、労働意欲なんか沸きはしない。
社会貢献は壮大な曖昧模糊で、それより私は手の届く人を大切にしたい。


将来を踏まえると長い戦いになりそうだ。

ホワイトカラー(事務職)にもメタルカラー(技術職)にもなれない立ち位置を、自嘲的にクロムカラーと命名。

ちなみに職種を表すカラーは(color【色】)ではなく(collar【襟】)なので、知らない人は豆知識にどうぞ。


クロムカラー4年目にして今の職場に疲れた。

ショッピングサイトの設計と社内のシステム構築、社員教育等が私の仕事だが、小さい会社なので顧客対応と並行して進める事になっている。

簡単に言えば、電話を取りながらウェブページの設計や画像の作成、業務効率化のプランを立てなければならない。

タグの組み方やら色調、デザインを考案している最中に、商品にまつわる質問、相談やら価格交渉、クレーム対応等の用件で電話がかかってくるのだ。

一見、大した事が無さそうだが、これは至難の業である。

あまりに進まない作り物は持ち帰って完成させる事があり、徹夜もザラだった。
それ自体に不満がある訳ではなく、むしろやりがいのある業務だと思う。

「自分が身を置く組織が成長するなら、多少の苦労は厭わない」
それが私のビジネスマンとしての信条だというのもある。


しかし、不況を境に売上が落ち込み、経営者の様子がおかしくなり、モチベーションに翳りが見え始めた。

同じ質問を何度もする。
これみよがしに知人に電話しては、間接的に社員を揶揄する。
管理職に内緒で社員に仕事をさせようとする。

耐えられないほどではないが、誰も喜ばないような行動を目の当たりにすれば、否応無しに士気は下がる。

「採算が合わなくても売上げを立てろ」と言う。
「胡散臭い会社の力で巻き返しを図るのだ」と言う。

挙句の果てには「自分の言う通りにすれば、幸せになれる」ような事を言い出した。
まともに取り合っても仕様の無い事だが、何を以って人の幸せを語れるのだろうか。
何かの病気だろうか。

当のショッピングサイトは、SEOLPO共に改善(寧ろ作り変え)の余地が多く、私は設計の改善により、売上げの向上はまだまだ見込めると考えている。

しかし、今と同じ環境では設計を思うように進められない。
無能の烙印を押されようと、これは不可能だと断言する。

口の利き方やメールの文法を指導しつつ、自ら接客しながらもソースを書いたり画像を作ったりできるウェブデザイナーさんが居るなら、相談に乗っていただきたいぐらいだ。


不可能を可能にする為に「隔離なり在宅なり集中して進められる環境を用意させてほしい」と提案したところ「働いているところが目に見えない」という理由で却下された。

それでも更新を急かされるので、後日、上司に相談し、期間限定で約1ヶ月間の在宅許可を得た。
理解と権限の有る上司に感謝の言葉も浮かばない。

お陰で期間中に目標を遂げる事ができたのたが、経営者は釈然としない様子だった。

それが社風だというのなら仕方が無いと理解を示しつつも、内心では愚かだと思った。
私が仕事をしているかどうかは"作られたもの"を見れば一目瞭然ではないか。
私の想像力が欠如しているだけなのか、何が不満かが分からない。


生産に不向きな環境で更新を急かされる日々に厭気が差す。
厭気が攻撃性に転化していく過程は、なお苦痛だ。

社員の居ない少し早めの時間に出社してプランの具体化、細分化をし、騒々しい時間帯は悶々としながらPhotoshopやMovable Typeのリファレンス集め。
せめて一日一日が自分のプラスになるように足掻いている。

自分の時間を割いて、睡眠を削って、仕事を持ち帰れば進むだろうが、そんなやり方は馬鹿馬鹿しい。

新しいアプローチを模索して、気力を再燃させるべきか、会社を見限って新たな道を求めるべきか・・・物語として美しいのは、再燃からのサクセスストーリーなのだろうが、メイクドラマで飯は食えない。

胃が痛くなってきたので、熟考の上、近日中に方針を定める予定。

これといった感慨も分かち合いたいと思う人も無く、今年も迎えてしまった誕生日。
かつては心躍った記念日も、もはや周回の目安でしかない。

求め続けた在り方は未だ定まらず。


歳を取ると鎌首を擡げるのが、人生設計と家族計画。
大衆が疑おうともしない「幸福の形」は虚構だ。

空々しくばら撒かれた価値観に何の魅力があろうか。


執着の欠乏を人に語らったところ、どうやら私は枯れているらしい。

欺瞞に満ちた現実に適応すれば、誰だって冷める。

しかし、これはこれで意外と面白いのだ。

受動的命題を能動的にこなす日々。

使命感、責任感、達成感に埋没する本能。

興味も情念も曖昧で、生きた心地がしない。


尤も、生命活動に情緒を求めるなど贅沢であろう。

ぼやけた喜怒哀楽が生きているうちは、まだ恵まれている。

人らしく振る舞えるからだ。

人に生まれた素晴らしさは、考える喜びと感じる悦びだ。


感覚を研ぎ澄まし、終末の到来に胸を弾ませる。
運命の人を待つ乙女のように。

入社4年目にして3度目の寝坊。
上司に「働き過ぎだ」とフォローされながらも、つくづく自分がイヤになる。

「春眠暁を覚えず」と言うだけあって、ここ数週間は眠気との戦いだ。
眠れない時の心が軋むような感触に比べれば遥かにマシだが、四肢・関節に脱力を伴う異様な眠気には違和感を覚える。

心地良い倦怠感が全身に行き渡ると共に薄れゆく意識・・・

「土に還る時もこんな感じだと有り難いな」

考える事はいつも同じだ。


「症状」と呼ぶには贅沢な眠気。
強めのアラームとコーヒーで克服を図る。

頭痛にさいなまれつつ、カットとストレートで気分転換。

帰路に見掛けるこぞって集う人々が、花見シーズンの最高潮を物語る。

何処かに留まると、興の無い振る舞いに苛立つ羽目になるので、並木道や公園、神社を流すように眺めていた。

古来から愛でられてきただけあって、咲き乱れる桜は美しい。
空の青さとのコントラストは、自然ならではの壮大な芸術だ。

或る人は映像に納め、また或る人は、言葉で称えようとする。
それはそれで素晴らしい試みだが、私は何も携えずに、この目に焼き付けておこうと考えた。


人が人を知るには、様々な観点からの分析・評価を必要とするが、花は何の打算もなく、ただ咲いているだけで人を惹き付ける。

その理屈抜きな魅力が羨ましい。


柔かい陽射しと温もりを彩る桜色と仄かな香り。

たまにはこういうのも悪くない。

久し振りに目にする田舎が、垢抜けていないと嬉しいのは何故だろうか。
牧歌的な空間で経過する時間は、心なしかゆっくりとしている。

日常のしがらみを忘れ、他愛のない話に興じる日々。
置き去りにしてきた愛着との再会。

空虚な人生の中の楽しかった思い出が、此処に埋もれている。
まるで意図して切り放した自分の側面が目を覚ましたかのようで、少し戸惑った。
私は誰にも干渉されない場所で、何も考えず、素直に悲しみに暮れていたかったのだ。
故郷のお陰で自分の望みを見付け、果たす事ができた。

生産性を美徳とする毎日の中では、無意識に思わしくない出来事を、合理的な記憶へ変造しようとしてしまう。

それを「然るべき」と評す反面、どことなく違和感を拭えずにいた。
此処に来てようやくそれに気が付いたのだ。


過去の現実を反芻する現実逃避。

気が済んだら直面している現実を受け入れなければならない。

愛する人を失った事。
祖父が私を覚えていなかった事。
これはある種の死と言える。

当人は健在だが、互いの心が通う日は二度と来ない。

私の中の貴殿方は死に、貴殿方の中の私もまた死んだのだ。

この屍となった絆も含め、せめて私は記憶を刻もう。

此処と、心に。

8年振りの帰郷。
認知症となった祖父が、自分を覚えてくれているうちに顔を見せに行くためである。

日本の冥界、黄泉比良坂のあると言われる地が私の故郷だ。

親族との軋轢で、彼の地を踏む事はもうないと思っていた。
これが最後になるかもしれない。


傷心旅行がてら・・・と、最初は軽く考えていたが、もっと深いものとなりそうである。

明日は有給休暇を取ったので、ちょっとした小旅行だ。
大事に過ごそう。

今日はあの子の母の命日。

どんな気持ちで迎えているのか。

前に贈ったあの子の好きなイチゴの香りがする線香・・・役に立っていれば良いのだが。

この先、あの子が何を思い、どう生きていくのか・・・もはや私には関係の無い話なのだろうか。

何も分からないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。


「この苦しみがどれ程のものか・・・味わってみてくれよ」


「まだ正気を取り戻せていないのかも・・・」


激情と不安を孕んだわだかまりが執拗に付きまとうものの、心の揺れは随分と小さくなった。

私はきっとこの試練を乗り越えるはずだ。


意味をなさないアドレス零番。

今とは違うあの子からのメール。

そして、ただ幸せを願う気持ち。

まだ、どれも手放せそうにない。


大事な人の大事な人が息を引き取ったこの日に、私は何一つ葬れなかった。

昨日、5~6年ぶりに友人(GAO卿)に会った。
出張で関西に来ているとの事だった。

傷心と吹雪で憂鬱だったが、お互い仕事が忙しく、彼は九州に住んでいるので、次にいつ会えるか分かったものではない。
これも何かの縁なのだろう。


久しぶりにも関わらず、「資料でも持っているんじゃないか」ぐらいの勢いですぐに発見され、内心驚いたがノーリアクションを決め込む。
感情のアウトプットが苦手なのを理由に、この場でカミングアウトしておく。
覚えてもらっていたのが嬉しかった。


梅田でのんびりアジア料理を食べながら逸話や他愛のない話をしていると、唐突に「一番されたくない質問」をされ、思わず固まった。

その時は、思い出を脳内で「黒歴史」として処理していたからだ。

たどたどしく大筋だけを伝えると、彼はやや意地悪な表情で「捨てられたな」と言った。
・・・明け透け過ぎるだろう。

着火してもおかしくない発言なのだが、ブラック過ぎてかえって笑えた。
認めている人間の発言だから、というのもあるかも知れない。
自分に対してこんな接し方ができるのは彼ぐらいだ。

神経も体も細い自分とは対照的で、それでいて共通項も多い不思議な存在。
よくよく考えると数少ない友は、だいたいそんな感じだ。

色々話し込んでいるうちに夕方になったので、改札まで見送った。
良いタイミングで友達に元気をもらった。
もっとも誰であれ、気にかけてくれる人が居るのは、すごくありがたい。

次は、もう少し元気な時に会いたいものだ。
なるべくなら近いうちに。

風穴のような大きな隙間の存在を感じる。
孤独とは少し違う。

「恋人に依存」という概念から卒業してい自分は、さしたるダメージを受けるはずはないと思っていた。

でも違った。

認めろという事なのか。
失ったものの大きさを。
その温もりを。


記憶を思い返し、結論に意味を持たせたところで、埋められるものではない。

必要なのは時間か。
それとも新しい相棒か。

若いうちに失恋ぐらい経験しておけば良かった。
ハハハ。

破綻したのは私のシナリオでしょうか。
それとも貴女の心なのでしょうか。

貴女の入院宣言から、今日でちょうど7カ月・・・貴女との唯一の通信手段が途絶えました。

「そんな馬鹿な!?」という驚きと、「ついにこの日が来たか」という諦め。
相反する感情の交錯に、私は吐き気と眩暈を催しました。

勤務中は、周りに動揺を悟られまいと仕事に没頭しました。
時折、目を瞑ることで、独特の息苦しさと思考力の低下を紛らわし、呼吸を整え、心が堕ちるのをひたすら拒みました。

元より死に魅入られた私です。
絶望の果ての自害も悪くはありませんが、今の私には背負っている役割が有ります。
それを完遂するか失うまでは、責任を持って生き続けなければなりません。
痛みと悲しみに満ちた苦行です。


実は、貴女の眼の虚ろな様を認めた時に、薄々この事態を予見していました。
真の苦痛とは、自分に降りかかるものではなく、大切な人を苦しめるものだと知りました。
貴女に出会い、人を認め、許し、慈しむ心を覚えました。
未来を共にする確率が、限りなくゼロに近い今でさえ思います。
この手に貴女を救う力があるのなら・・・と。


痛みより、悲しみより、自身の不甲斐なさより、無事かどうかが気掛かりです。
この先、もう二度と会わないとしても「さようなら」とは言いません。

恐れていた筋書きを受け入れる猶予をありがとう。
あなたと過ごした1年、待ち続けた7ヶ月、この期間がなければ、今の私は居なかったでしょう。
貴女を想い続ける日々は本当に幸せでした。

そして、これが何かの間違いで、また巡り合える日が訪れるのを、今も願わずには居られません。

どうかお元気で。
そして、お幸せに。

草々

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