ちょうど8年前に入籍をしていた。
ゾロ目である事と、記念日を特別な日と重ねる事が、ロマンだと思っていたからだ。
若気の至りとはよく言ったものである。
当時、落ち着きたい一心で結婚願望が強かった。
ただそれだけの事で、課せられる重責、果たすべき役割等はまるで分かっていなかった。
協調性、包容力、反骨精神、忍耐力・・・私に欠けているものは未だ枚挙に暇がない。
「結婚は幸福の前提条件か」と問われると、私は「違う」と答える。
「なら避けるべきシステムか」というと、そうでもない。
配偶者と人生を共にする、子供を儲ける、持家を購入する・・・壮大ではあるが、いずれもライフスタイルの選定に過ぎない。
生物として子孫を残す重要性は、今時の人間には当てはまらない。
なるべく他人を悲しませる事なく、自分が満たされる生涯を送れれば、それで良いではないか。
人を裏切るな。
空気に流されるな。
世を呪うな。
悪いと分かっている事をするな。
穢れなき生涯などあり得ないからこそ、限りなく清くあるべきだ。
・・・半ば自分に言い聞かせながら。
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見事なまでの価値観の相違w
ポリシー、アイデンティティ、社会的モラル、それからおぼろげな情念・・・自分を縛る要素はこれで十分。
結果ありきの生き方にはもう疲れた。
へそ曲りは認定しとく('A`)
他人を悲しませる事なく、自分が満たされる生涯・・・たぶん俺にはないなぁ。
人を裏切るな。・・・きれいに裏切れ。誰にも解らないよう、気付かせぬよう、そっと静かに。
空気に流されるな。・・・自分の空気を作って流せ。人の空気は居心地が悪い。
世を呪うな。・・・ひたすら世間を呪い、他人を呪い、自分を呪う。そしてそれを力に変える。
悪いと分かっている事をするな。・・・自分が悪くても、人が悪くても、誰かにとって必要なら、望んで悪いこともする。
穢れなき生涯などあり得ないからこそ、限りなく清くあるべきだ。・・・穢れのない人生なんて面白くない。泥だらけに汚れてこそ、人という修行だ。
アタシってへそ曲がりのあまのじゃく?(笑)