常にどこかで誰かが死に、今、私はここで生きている。
彼は私より生を願っていたのだろうか。
それとも死を望んでいたのだろうか。
何も考えていなかったのかもしれないし、深く思い詰めていたのかもしれない。
思念は、命運の前ではあまりに非力で、如何なる想いも、力においては単純な現象に及ばない。
私は他人事ながら残酷な現実に胸を痛め、時折「後ろめたくない生き方とは何か?」と、考える。
その答えはいつも同じ・・・「懸命に生きる」という事だ。
だとするなら「懸命に生きる」とは何だろうか。
この答えは、いつも違う。
なるべくなら、
努力を怠らない。
何事にも全力を尽くす。
最善な選択を模索し続ける。
大切な者の利益になるよう努める。
自身に誇りを持つ。
存続を感謝する。
若しくはその全て、或いは他の何か。
今は、問い掛けを忘れないことが・・・思考の堂々巡りを無駄だと思わないことが。
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