これといった感慨も分かち合いたいと思う人も無く、今年も迎えてしまった誕生日。
かつては心躍った記念日も、もはや周回の目安でしかない。
求め続けた在り方は未だ定まらず。
歳を取ると鎌首を擡げるのが、人生設計と家族計画。
大衆が疑おうともしない「幸福の形」は虚構だ。
空々しくばら撒かれた価値観に何の魅力があろうか。
執着の欠乏を人に語らったところ、どうやら私は枯れているらしい。
欺瞞に満ちた現実に適応すれば、誰だって冷める。
しかし、これはこれで意外と面白いのだ。
受動的命題を能動的にこなす日々。
使命感、責任感、達成感に埋没する本能。
興味も情念も曖昧で、生きた心地がしない。
尤も、生命活動に情緒を求めるなど贅沢であろう。
ぼやけた喜怒哀楽が生きているうちは、まだ恵まれている。
人らしく振る舞えるからだ。
人に生まれた素晴らしさは、考える喜びと感じる悦びだ。
感覚を研ぎ澄まし、終末の到来に胸を弾ませる。
運命の人を待つ乙女のように。
入社4年目にして3度目の寝坊。
上司に「働き過ぎだ」とフォローされながらも、つくづく自分がイヤになる。
「春眠暁を覚えず」と言うだけあって、ここ数週間は眠気との戦いだ。
眠れない時の心が軋むような感触に比べれば遥かにマシだが、四肢・関節に脱力を伴う異様な眠気には違和感を覚える。
心地良い倦怠感が全身に行き渡ると共に薄れゆく意識・・・
「土に還る時もこんな感じだと有り難いな」
考える事はいつも同じだ。
「症状」と呼ぶには贅沢な眠気。
強めのアラームとコーヒーで克服を図る。
頭痛にさいなまれつつ、カットとストレートで気分転換。
帰路に見掛けるこぞって集う人々が、花見シーズンの最高潮を物語る。
何処かに留まると、興の無い振る舞いに苛立つ羽目になるので、並木道や公園、神社を流すように眺めていた。
古来から愛でられてきただけあって、咲き乱れる桜は美しい。
空の青さとのコントラストは、自然ならではの壮大な芸術だ。
或る人は映像に納め、また或る人は、言葉で称えようとする。
それはそれで素晴らしい試みだが、私は何も携えずに、この目に焼き付けておこうと考えた。
人が人を知るには、様々な観点からの分析・評価を必要とするが、花は何の打算もなく、ただ咲いているだけで人を惹き付ける。
その理屈抜きな魅力が羨ましい。
柔かい陽射しと温もりを彩る桜色と仄かな香り。
たまにはこういうのも悪くない。
久し振りに目にする田舎が、垢抜けていないと嬉しいのは何故だろうか。
牧歌的な空間で経過する時間は、心なしかゆっくりとしている。
日常のしがらみを忘れ、他愛のない話に興じる日々。
置き去りにしてきた愛着との再会。
空虚な人生の中の楽しかった思い出が、此処に埋もれている。
まるで意図して切り放した自分の側面が目を覚ましたかのようで、少し戸惑った。
私は誰にも干渉されない場所で、何も考えず、素直に悲しみに暮れていたかったのだ。
故郷のお陰で自分の望みを見付け、果たす事ができた。
生産性を美徳とする毎日の中では、無意識に思わしくない出来事を、合理的な記憶へ変造しようとしてしまう。
それを「然るべき」と評す反面、どことなく違和感を拭えずにいた。
此処に来てようやくそれに気が付いたのだ。
過去の現実を反芻する現実逃避。
気が済んだら直面している現実を受け入れなければならない。
愛する人を失った事。
祖父が私を覚えていなかった事。
これはある種の死と言える。
当人は健在だが、互いの心が通う日は二度と来ない。
私の中の貴殿方は死に、貴殿方の中の私もまた死んだのだ。
この屍となった絆も含め、せめて私は記憶を刻もう。
此処と、心に。
8年振りの帰郷。
認知症となった祖父が、自分を覚えてくれているうちに顔を見せに行くためである。
日本の冥界、黄泉比良坂のあると言われる地が私の故郷だ。
親族との軋轢で、彼の地を踏む事はもうないと思っていた。
これが最後になるかもしれない。
傷心旅行がてら・・・と、最初は軽く考えていたが、もっと深いものとなりそうである。
明日は有給休暇を取ったので、ちょっとした小旅行だ。
大事に過ごそう。
今日はあの子の母の命日。
どんな気持ちで迎えているのか。
前に贈ったあの子の好きなイチゴの香りがする線香・・・役に立っていれば良いのだが。
この先、あの子が何を思い、どう生きていくのか・・・もはや私には関係の無い話なのだろうか。
何も分からないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。
「この苦しみがどれ程のものか・・・味わってみてくれよ」
「まだ正気を取り戻せていないのかも・・・」
激情と不安を孕んだわだかまりが執拗に付きまとうものの、心の揺れは随分と小さくなった。
私はきっとこの試練を乗り越えるはずだ。
意味をなさないアドレス零番。
今とは違うあの子からのメール。
そして、ただ幸せを願う気持ち。
まだ、どれも手放せそうにない。
大事な人の大事な人が息を引き取ったこの日に、私は何一つ葬れなかった。
昨日、5~6年ぶりに友人(GAO卿)に会った。
出張で関西に来ているとの事だった。
傷心と吹雪で憂鬱だったが、お互い仕事が忙しく、彼は九州に住んでいるので、次にいつ会えるか分かったものではない。
これも何かの縁なのだろう。
久しぶりにも関わらず、「資料でも持っているんじゃないか」ぐらいの勢いですぐに発見され、内心驚いたがノーリアクションを決め込む。
感情のアウトプットが苦手なのを理由に、この場でカミングアウトしておく。
覚えてもらっていたのが嬉しかった。
梅田でのんびりアジア料理を食べながら逸話や他愛のない話をしていると、唐突に「一番されたくない質問」をされ、思わず固まった。
その時は、思い出を脳内で「黒歴史」として処理していたからだ。
たどたどしく大筋だけを伝えると、彼はやや意地悪な表情で「捨てられたな」と言った。
・・・明け透け過ぎるだろう。
着火してもおかしくない発言なのだが、ブラック過ぎてかえって笑えた。
認めている人間の発言だから、というのもあるかも知れない。
自分に対してこんな接し方ができるのは彼ぐらいだ。
神経も体も細い自分とは対照的で、それでいて共通項も多い不思議な存在。
よくよく考えると数少ない友は、だいたいそんな感じだ。
色々話し込んでいるうちに夕方になったので、改札まで見送った。
良いタイミングで友達に元気をもらった。
もっとも誰であれ、気にかけてくれる人が居るのは、すごくありがたい。
次は、もう少し元気な時に会いたいものだ。
なるべくなら近いうちに。
風穴のような大きな隙間の存在を感じる。
孤独とは少し違う。
「恋人に依存」という概念から卒業してい自分は、さしたるダメージを受けるはずはないと思っていた。
でも違った。
認めろという事なのか。
失ったものの大きさを。
その温もりを。
記憶を思い返し、結論に意味を持たせたところで、埋められるものではない。
必要なのは時間か。
それとも新しい相棒か。
若いうちに失恋ぐらい経験しておけば良かった。
ハハハ。
破綻したのは私のシナリオでしょうか。
それとも貴女の心なのでしょうか。
貴女の入院宣言から、今日でちょうど7カ月・・・貴女との唯一の通信手段が途絶えました。
「そんな馬鹿な!?」という驚きと、「ついにこの日が来たか」という諦め。
相反する感情の交錯に、私は吐き気と眩暈を催しました。
勤務中は、周りに動揺を悟られまいと仕事に没頭しました。
時折、目を瞑ることで、独特の息苦しさと思考力の低下を紛らわし、呼吸を整え、心が堕ちるのをひたすら拒みました。
元より死に魅入られた私です。
絶望の果ての自害も悪くはありませんが、今の私には背負っている役割が有ります。
それを完遂するか失うまでは、責任を持って生き続けなければなりません。
痛みと悲しみに満ちた苦行です。
実は、貴女の眼の虚ろな様を認めた時に、薄々この事態を予見していました。
真の苦痛とは、自分に降りかかるものではなく、大切な人を苦しめるものだと知りました。
貴女に出会い、人を認め、許し、慈しむ心を覚えました。
未来を共にする確率が、限りなくゼロに近い今でさえ思います。
この手に貴女を救う力があるのなら・・・と。
痛みより、悲しみより、自身の不甲斐なさより、無事かどうかが気掛かりです。
この先、もう二度と会わないとしても「さようなら」とは言いません。
恐れていた筋書きを受け入れる猶予をありがとう。
あなたと過ごした1年、待ち続けた7ヶ月、この期間がなければ、今の私は居なかったでしょう。
貴女を想い続ける日々は本当に幸せでした。
そして、これが何かの間違いで、また巡り合える日が訪れるのを、今も願わずには居られません。
どうかお元気で。
そして、お幸せに。
草々
酒乱で、浪費家で、弱い者に辛く当たり、人の痛みを知らない男―
今となっては反面教師なのだが・・・私が最初に「殺したい」と思うほど憎んだ人間は、父親だった。
血の繋がりがコンプレックスになるくらい、面識のある人間の中では最悪の存在である。
私には酔っぱらいに極度の嫌悪感を抱く傾向があるのだが、それはここに起因するものかも知れない。
朝帰りや暴力などは日常茶飯事で、病気がちな母をいたわる事などあろうはずがない。
母が心労で入院した時ですら平気で朝まで飲み歩き、家庭を省みる事はなかった。
深夜の夫婦喧嘩を見ながら育った私は、幾度となく彼の死を願った。
そして願いが殺意に変わった時、何故か虚しくなって思い止まった。
今もその理由は分からない。
数年前に度重なる飲酒運転と当て逃げで逮捕され、母と離婚をした時には、心の底からホッとしたものだ。
私は彼が保釈されないように根回しをし、彼が少しでもマシな人間に更正することを望んだ。
結果、懲役を終えてからは少々自粛を覚えたようで「酒もタバコも控えている」と、私を欺こうとする。
自分の服にタバコの匂いが染み付いている事にも気付かずに・・・
その父親は今、眼の病気で入院している。
原田病という少々厄介な病気らしい。
別段、悲しくはないが、嬉しくもない。
仮に命を落としたところで、同じだと思う。
正負を問わず情が湧き上がらない他人よりも希薄な繋がり。
それでも「見舞いに行くべきか?」と迷うのだから不思議である。
この男が居なければ、自分もこの世に居なかった。
親の否定とは自身の否定でもあり、いつかはこの因縁を許容しなければならない気もする。
果たしてその日が来るかどうかは、また別の話。
30年目にして初めてクリスマスを独りで過ごすのだが、別にどうという事はない。
強いて言うなら、お手製ホットケーキとHappyプッチンプリンで胃が破裂しそうになって苦しかったぐらいだ。
Happyプッチンプリン+αを平気(しかも神速)で平らげるギャル曽根の偉大さを、今更ながら理解した。
むしろ無理して体を壊さないか心配である。
クリスマスで盛り上がるのは結構な事だ。
ミュージシャンの活動やTVの特番、飲食店のメニューなどに力が入るこの時期は面白い。
ただ、恋人作りに必死になるのはいただけない。
・・・ネタなのか?
それとも、どこかのニュースの通り、聖夜と性夜を履き違えているのか。
宗教云々以前におかしいと思う。
人数よりも「誰と過ごすか、共にするだけの相手かどうか」が肝心ではないのだろうか。
今に始まった話ではないが。
私は、訳有って大切な人に会えない。
それは一時的なものかも知れないし、もしかすると二度と会えないのかも知れない。
相手の承諾を得ていないので、理由は「大人の事情」としておく。
その答えが出るまでの間、出来るだけの努力をして、結果は甘んじて受け入れるつもりだ。
自業自得で荒れた人生を「この人とならやり直せる」と思った相手である。
昔の自分なら、繋がりを失った時点で生きる意味を見失っただろう。
この少しばかりのしぶとさと開き直りが、今年のクリスマスプレゼントのような気がした。
願わくは、あなたに良き聖夜が訪れん事を。
嬉しくない誕生日10周年\(^O^)/
そして、キリのいいところでブログを再開。
ベタではあるが、記念日は行動を後押しするのに有効だ。
デザインやコンセプトに思うところがあるので、何とかしたいところである。
さして落胆もなく、かといって感動などがある訳もなく…「中身が実年齢に追い付いてないのでは?」という焦燥と、何とも言えない節目の自覚がある。
私は何のために生まれて来たのか。
私は生きて何がしたいのか。
今までを振り返っては、お決まりの自問自答。
永遠の問掛けに、一応の回答はまだない。
30年間“生きてて良かった”と思ったことはまだないけれど、産んでくれてありがとう。
昨日が誕生日なのだが、カクテルで悪酔いして投稿ができなかった orz
イタイ滑り出しだが、前進あるのみ。
そんな気持ちで精進しようと思う。