久し振りに目にする田舎が、垢抜けていないと嬉しいのは何故だろうか。
牧歌的な空間で経過する時間は、心なしかゆっくりとしている。
日常のしがらみを忘れ、他愛のない話に興じる日々。
置き去りにしてきた愛着との再会。
空虚な人生の中の楽しかった思い出が、此処に埋もれている。
まるで意図して切り放した自分の側面が目を覚ましたかのようで、少し戸惑った。
私は誰にも干渉されない場所で、何も考えず、素直に悲しみに暮れていたかったのだ。
故郷のお陰で自分の望みを見付け、果たす事ができた。
生産性を美徳とする毎日の中では、無意識に思わしくない出来事を、合理的な記憶へ変造しようとしてしまう。
それを「然るべき」と評す反面、どことなく違和感を拭えずにいた。
此処に来てようやくそれに気が付いたのだ。
過去の現実を反芻する現実逃避。
気が済んだら直面している現実を受け入れなければならない。
愛する人を失った事。
祖父が私を覚えていなかった事。
これはある種の死と言える。
当人は健在だが、互いの心が通う日は二度と来ない。
私の中の貴殿方は死に、貴殿方の中の私もまた死んだのだ。
この屍となった絆も含め、せめて私は記憶を刻もう。
此処と、心に。
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 生誕の地にて
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://code.16160e.org/mt/mt-tb.cgi/112