code#16160eでタグ「ネガティヴ」が付けられているもの

紆余曲折を経て人間不信。
人を好きになる事に抵抗はない。
ただ・・・人を、愛すべき足手纏いを、信じる事が「難しい」と感じるようになった。

期待や信用は情熱よりももどかしさを招き、不甲斐ない者の傷を執拗に深めるばかりだ。
不安を押し殺して見る夢に、果たしてどれほどの価値があるだろうか。

願望は叶える事よりも抱き続ける事の方が・・・


私の心は今も昔も虚無と渾沌。
暗く冷たい土中のようなネガティヴ思考がよく馴染む。

気の利いたオチも何も無く、ふと思っただけの事。

日常の困難や理不尽(ありふれたもの)をモチベーション(価値ある意識)に変える考えだとか、夢を追いかける気持ちというものは、それに相当するのではないのかと。

差し詰めポジティヴ思考は「賢者の石」と言ったところか。

一見、何でもないところに意外な宝が埋もれているものだ。

・・・大袈裟か(゚д゚;)

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ネガティヴ思考者へ捧ぐ【前編】の続き。

ネガティヴ思考者の歩む道は、私の知る限り・・・


今までの自分に「さようなら」をするか、


そんな自分を「認め、受け入れる」か、


の2つだ。

敢えて「ポジティヴにならなきゃ!」と無理をする必要は無い。
しかし、なりたいなら目指せば良い。


ここで言いたいのは「否定的な自分を、闇雲に否定しなくても良い」という事だ。

むしろ、ネガティヴ特有の不安や焦りを突き詰めてはどうだろうか。

いわゆるメタ思考である。


根源は何か?

それは事実に基く可能性か・・・それとも予感か?

根拠はあるのか?

何か備える事はないか?

どうすれば不安や焦りから逃れられるのか・・・


行き止まりまで自分を探ってみれば、何かしら結論に辿り付くはずだ。

その上で出来る事があるなら、手を打てば良い。
但し、人に迷惑をかけない前提で。

何も出来ないようなら、それを気持ちの波だと認識し、そこで初めて「悩む必要の無い事だ」と自分に言い聞かせるのだ。


不安とは、言わば心の影であり、その正体は自分の一部に他ならない。

世の中に不安があるのではなく、自分が不安を作っている事に気付き、自分の弱さを知ろう。


ネガティヴ思考は、悲観的で生々しい幻に取り憑かれやすい厄介な性質だが、自分を深く知る事で、"危機管理能力"や"痛みを知る心"へと昇華できるものだと思う。

かといって、ネガティヴにこだわらなければならない訳ではない。

「個性」として付き合っていくのも「コンプレックス」として克服を図るのも自由だ。

必要なのは、意志を持つ事だ。


あまり考えない人間より、考えている人間の方が、私は好きだ。


願わくは、自分を卑下したり、営利目的の人格矯正などに踊らされない事を・・・

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ネガティヴ(ネガティブ)思考とは、しばしばマイナス思考とも言われ、"否定的"または"消極的"な考え方を指す。

端的に言えば・・・"根暗"である。

かく言う私も根暗だ・・・(-_-)

公言するぐらいだから半端ではない。

エピソードは面白くないから書かないヽ(#゚Д゚)ノ

明るい歌より暗い歌の方が共感しやすくて好きだ。


さて、一般に「ネガティヴは良くない」とされているが、本当にそうだろうか。


性格は明るく前向きに越した事は無い。
天真爛漫な人は魅力的である。

言われるまでも無く、同志の大半は分かっているはずだ。


が、ポジティヴに矯正する事が最善なのだろうか。


私の答えは「No」である。

そして・・・「暗くてもいいんだよ」という話に続く。


ネガティヴ思考者へ捧ぐ【後編】

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