livedoor ニュース(R25jp)で「どうして女性よりも男性の方が失恋を引きずるの?」といった興味深い記事を見掛けた。
記事内の恋愛カウンセラー曰く主な理由は・・・
無意識のうちに『自分が好きな相手は自分のことを好きなはずで自分がフラれるはずはない』と思っている。
"テストステロン"という男性ホルモンの作用で『あいつは俺のものだった』という意識が離れない。
との事だが、どうも釈然としない。
私も綺麗サッパリ忘れられるタイプではなく、過去の幻影にさいなまれるのだが、上記のような感情は皆無だ。
自分の不甲斐なさを恥じるばかりである。
根拠の無い思い込みも人を所有物とするような考え方も苦手だ。
自分の感情の波ですら綱引き状態で統合に苦心しているというのに、どうして他人の心が思い通りになろうか。
見解を否定するつもりはなく、世間一般ではそうだろうなと遠巻きに見ている。
ただ、私には当てはまらない。
いずれにしても、ピリオドはトドメを刺すくらいの意気込みでキッチリとしてほしいものだ。
末尾の好きだった人を早く忘れる方法は一見の価値あり。
昨日、5~6年ぶりに友人(GAO卿)に会った。
出張で関西に来ているとの事だった。
傷心と吹雪で憂鬱だったが、お互い仕事が忙しく、彼は九州に住んでいるので、次にいつ会えるか分かったものではない。
これも何かの縁なのだろう。
久しぶりにも関わらず、「資料でも持っているんじゃないか」ぐらいの勢いですぐに発見され、内心驚いたがノーリアクションを決め込む。
感情のアウトプットが苦手なのを理由に、この場でカミングアウトしておく。
覚えてもらっていたのが嬉しかった。
梅田でのんびりアジア料理を食べながら逸話や他愛のない話をしていると、唐突に「一番されたくない質問」をされ、思わず固まった。
その時は、思い出を脳内で「黒歴史」として処理していたからだ。
たどたどしく大筋だけを伝えると、彼はやや意地悪な表情で「捨てられたな」と言った。
・・・明け透け過ぎるだろう。
着火してもおかしくない発言なのだが、ブラック過ぎてかえって笑えた。
認めている人間の発言だから、というのもあるかも知れない。
自分に対してこんな接し方ができるのは彼ぐらいだ。
神経も体も細い自分とは対照的で、それでいて共通項も多い不思議な存在。
よくよく考えると数少ない友は、だいたいそんな感じだ。
色々話し込んでいるうちに夕方になったので、改札まで見送った。
良いタイミングで友達に元気をもらった。
もっとも誰であれ、気にかけてくれる人が居るのは、すごくありがたい。
次は、もう少し元気な時に会いたいものだ。
なるべくなら近いうちに。
風穴のような大きな隙間の存在を感じる。
孤独とは少し違う。
「恋人に依存」という概念から卒業してい自分は、さしたるダメージを受けるはずはないと思っていた。
でも違った。
認めろという事なのか。
失ったものの大きさを。
その温もりを。
記憶を思い返し、結論に意味を持たせたところで、埋められるものではない。
必要なのは時間か。
それとも新しい相棒か。
若いうちに失恋ぐらい経験しておけば良かった。
ハハハ。
破綻したのは私のシナリオでしょうか。
それとも貴女の心なのでしょうか。
貴女の入院宣言から、今日でちょうど7カ月・・・貴女との唯一の通信手段が途絶えました。
「そんな馬鹿な!?」という驚きと、「ついにこの日が来たか」という諦め。
相反する感情の交錯に、私は吐き気と眩暈を催しました。
勤務中は、周りに動揺を悟られまいと仕事に没頭しました。
時折、目を瞑ることで、独特の息苦しさと思考力の低下を紛らわし、呼吸を整え、心が堕ちるのをひたすら拒みました。
元より死に魅入られた私です。
絶望の果ての自害も悪くはありませんが、今の私には背負っている役割が有ります。
それを完遂するか失うまでは、責任を持って生き続けなければなりません。
痛みと悲しみに満ちた苦行です。
実は、貴女の眼の虚ろな様を認めた時に、薄々この事態を予見していました。
真の苦痛とは、自分に降りかかるものではなく、大切な人を苦しめるものだと知りました。
貴女に出会い、人を認め、許し、慈しむ心を覚えました。
未来を共にする確率が、限りなくゼロに近い今でさえ思います。
この手に貴女を救う力があるのなら・・・と。
痛みより、悲しみより、自身の不甲斐なさより、無事かどうかが気掛かりです。
この先、もう二度と会わないとしても「さようなら」とは言いません。
恐れていた筋書きを受け入れる猶予をありがとう。
あなたと過ごした1年、待ち続けた7ヶ月、この期間がなければ、今の私は居なかったでしょう。
貴女を想い続ける日々は本当に幸せでした。
そして、これが何かの間違いで、また巡り合える日が訪れるのを、今も願わずには居られません。
どうかお元気で。
そして、お幸せに。
草々
「男の恋愛は名前をつけて保存、女の恋愛は上書き保存」は一青窈の名言らしい。
PCユーザーの心を掴むよく出来た言葉だ。
この傾向に対して私的意見を述べるなら・・・"形式を変換して保存"をオススメする。
過ぎた事はもはや恋愛ではない。
時と共に曖昧になる思い出は、良いとも悪いとも言い難い。
ただの記憶(データ)である。
むしろ「いっそデータ化してしまえ!!」と言いたい。
昔の恋人と今の恋人を比較する人がいる。
「前はココが良かった」
「今はココがイマイチ」
「あ、そう・・・( ´д`)」
理想の異性とやらを必死に主張する人がいる。
「見た目は3割で中身が7割」
「尽くすタイプが良い」
「フーン・・・( ´_ゝ`)」
・・・必要性の感じられない恋愛観はさておき、過去を経験や教訓として今後に生かすのは、素晴らしい事だ。
基本的に恋愛と言える関係は、別れるつもりで築かれるものではない。(ごく一部の、実益を求める輩は除く)
その先に各々の夢やら理想形が有ったはずだ。
しかし、それが何かしら残念な理由で破綻するのだorz
「何が良くなかったのか」
「そもそも"良い"って何だ!?」
「どうすればいいのか・・・」
記憶の発掘は痛みを伴うが、失恋(敗戦)から学ぶ事は山ほどある。
恋愛を"娯楽"と考えていいのは、10代までだ。
20代からは"幸せを探す旅"で、30代以降は"サバイバル"だ。
幸せに繋がらない幻のような恋愛に至っては"独り善がり"だ。
学習して勝利しろ、と。
いい歳になってきたから断言できる。
継続中こそが最優先事項であり、今側に居る人は、何よりも大切なのだ。