エイプリルフールらしいネタも浮かばず、ブロガー定番の歌詞ネタに挑戦('A`)
壊れて泣いたって 願いは届かない
あなたのいない朝が今日も明けるから
今はこのまま いつかこの思いは 逝く日まで
気持ちでは越えられない壁がある。
失恋・訳有り・遠距離恋愛を体験した事があれば、自ずと身に沁みているのではないだろうか。
思い通りにならない日々の「やるせなさ」に。
歌の意図とは異なるが、私はこの曲に「ただ思いが強いだけなら、現実は変わらない」という真理を見た。
無常にして無情な世の中を生き抜くには「思い」を実現する行動力が必要だ。
例えそれに望んだ結果に行き着く保証が無いとしても・・・
幾つに成れば 寂しさや恐怖は消え得る
毎日を退屈だと、言える位の平穏に憧れる。
そんな日がいつか来るのだろうか。
ただ年を重ねる事で訪れるなら、どんなに楽だろう。
到来を信じて、最善を尽くすのみ。
こんな声は届きますか
君の胸へ響きますか
君の背を生きる道標に 今日も歩いてます
私は色んな意味で「迷子になりやすい人間」で、妙に共感してしまった。
今まさに、人の背を道標に「頑張ってみよう」と思う自分が居る。
余程の人でなければ道標には成り得ない。
それも含めて、届いて響いて欲しいものだ。
全てを無くして 時が空回り始める
与えられた運命など 変えてみせたい
大事なものの喪失は、すべてを失う事に等しい。
残酷な体験は人を抜け殻にし、しばらく「空回り」が続く。
しかし、このままでは終わらせたくない。
そんな反骨精神が感じられる。
これは持論だが「運命」という言葉には、3通りの解釈がある。
1つ目は、諦めや悲劇を正当化する「便利な言葉」であり、2つ目は縁を大切にしようという「心掛け」だ。
3つ目は、逆らい難い「激流」である。
故に、運命と戦う道とは得てして試練の連続だ。
運命とは、受け入れるべき宿命か。
それとも戦うべき宿敵なのか。