友達の"興味深い話"に基く考察。
"僕の彼女"やら"私の彼氏"やらには二通りの意味があるという話。
ここで注目していただきたいのは、『の』の部分だ。
一通り目は
僕『の』通っている学校。
私『の』特技。
などと同じ意味合いの、関係を表す『の』
二通り目は
僕『の』車。
私『の』バッグ。
などと同じ意味合いの、所有権を主張する『の』である。
恋人を所有物のように認識する傾向は、独占欲や嫉妬深さに通じるものがあり、「自分色に染めたい」という願望も、その一種と言える。
対象が、自分の運営するサイトやゲームの主人公であれば面白い事だが、意思を持つ人間であった場合はどうだろうか。
※厳密にはペットに対しても言えるが、ここでは論点から除外する。
顰蹙(ひんしゅく)を覚悟で敢えて言おう・・・
そもそも他人である恋人に権限など無い!
夫婦なら家庭を維持するための責任が付いて回るが、基本的には同じである。
故に束縛や矯正はエゴだ。
逆に染められたがりなパートナーが、その行為を善しとするなら、それはそれで良いかもしれないが・・・少なくとも、個を物とする意識が畏れ多い事は知るべきだ。
社会でも同じような事がある。
例えば、部下を私物のように扱う上司・・・これは恋人よりもはるかに悪質だ。
経営者に至っては最悪である。
どうでもいい(どうしようもない)人間はさておき、恋人や夫婦であれば、何らかのオリジナリティに惹かれていたはず。
社会的に、或いは人間的に修正されるべき短所は注意した方が良いが、相手の個性や意思を尊重できるぐらいの寛容さは持とうではないか。
・・・同じ言葉でも二通りの意味があるとか「日本語って面白いね」って締めにするはずが、いつの間にか説教風味にorz
元々、批判的な記事が多いから、まあ良いかヽ(´ー`)ノ
少し前からネットで蔓延している「読み逃げ」をご存知だろうか。
記事をただ読むだけの行為を「マナー違反」とするらしい。
「逃げ」という言葉を用いる辺り、「見ているのに、何でコメントをくれないの?」といった想いが伺える。
何とも身勝手・・・と言うか痛々しい思考回路だ。
ブログやSNSは、自己満足で続けるものではないだろうか。
ただでさえ自己満足で書いている記事に、更なる満足を求めて「レスを付けろ」と?(゚Д゚)
もうね、何様なのかと。
社交辞令的な会話は、ネット・現実を問わずコミュニケーションとは言わない。
それが強要されて、ひねり出した言葉ならなおさらだ。
ここには「考える」という大義名分があるものの、動力源はやはり自己満足だ。
知人や赤の他人がわざわざ見に来てくれているだけで、私は十分ありがたい。
「また来る」とか「もう来ない」とか関係ない。
「来てくれて(見てくれて)」ありがとう、だ。
こんなところで閲覧者に収穫があろうものなら、冥利に尽きるというものである。
熱くなってはみたものの、読み逃げはネタ説が有力orz