感謝と諦めで葬ったはずの感情が、成仏し切れない幽鬼のごとく夢に現れる。
再現率の高い残像は、癒すどころか爪痕をなぞり直すような痛みを進呈する。
屈託の無い笑顔、私を呼ぶ声、安堵を認知し、気の緩まる感触・・・辞めてくれ。
私の好きな貴女は、とうに私を置いて死んだのだ。
そして私も貴女を想い、敬い、後を追った。
今更、それも現実ではなくただのヴィジョンに苦しめられる理由が分からない。
私を何処へ連れていこうというのだ。
貴女にとって私が無用であるように、私も貴女を必要としていない。
それに今は気になる人が居る。
足を引っ張るのは誰だ。
優しく囁く悪夢の正体が分からない。
仮に「深層が奇跡を望んでいるのだ」と偉い人に指摘されようと、私は絶対に認めない。
利いた風な分析にカテゴライズされてなるものか。
少なくとも・・・悲劇に酩酊するほど弱くはない。
粉々に砕いた私の中に、まだ貴女の色の破片があったとしても、前に進むと決めたのだ。
記憶よ意思よ未来へと向かえ。
新しい喜びを手にして見せよう。
すべての私よ、力を貸してくれ。
苦悩はいつか架け橋になる。
信じろ、悼む夜が明ける日が来たのだ。
今日はあの子の母の命日。
どんな気持ちで迎えているのか。
前に贈ったあの子の好きなイチゴの香りがする線香・・・役に立っていれば良いのだが。
この先、あの子が何を思い、どう生きていくのか・・・もはや私には関係の無い話なのだろうか。
何も分からないまま、時間だけが刻々と過ぎていく。
「この苦しみがどれ程のものか・・・味わってみてくれよ」
「まだ正気を取り戻せていないのかも・・・」
激情と不安を孕んだわだかまりが執拗に付きまとうものの、心の揺れは随分と小さくなった。
私はきっとこの試練を乗り越えるはずだ。
意味をなさないアドレス零番。
今とは違うあの子からのメール。
そして、ただ幸せを願う気持ち。
まだ、どれも手放せそうにない。
大事な人の大事な人が息を引き取ったこの日に、私は何一つ葬れなかった。
破綻したのは私のシナリオでしょうか。
それとも貴女の心なのでしょうか。
貴女の入院宣言から、今日でちょうど7カ月・・・貴女との唯一の通信手段が途絶えました。
「そんな馬鹿な!?」という驚きと、「ついにこの日が来たか」という諦め。
相反する感情の交錯に、私は吐き気と眩暈を催しました。
勤務中は、周りに動揺を悟られまいと仕事に没頭しました。
時折、目を瞑ることで、独特の息苦しさと思考力の低下を紛らわし、呼吸を整え、心が堕ちるのをひたすら拒みました。
元より死に魅入られた私です。
絶望の果ての自害も悪くはありませんが、今の私には背負っている役割が有ります。
それを完遂するか失うまでは、責任を持って生き続けなければなりません。
痛みと悲しみに満ちた苦行です。
実は、貴女の眼の虚ろな様を認めた時に、薄々この事態を予見していました。
真の苦痛とは、自分に降りかかるものではなく、大切な人を苦しめるものだと知りました。
貴女に出会い、人を認め、許し、慈しむ心を覚えました。
未来を共にする確率が、限りなくゼロに近い今でさえ思います。
この手に貴女を救う力があるのなら・・・と。
痛みより、悲しみより、自身の不甲斐なさより、無事かどうかが気掛かりです。
この先、もう二度と会わないとしても「さようなら」とは言いません。
恐れていた筋書きを受け入れる猶予をありがとう。
あなたと過ごした1年、待ち続けた7ヶ月、この期間がなければ、今の私は居なかったでしょう。
貴女を想い続ける日々は本当に幸せでした。
そして、これが何かの間違いで、また巡り合える日が訪れるのを、今も願わずには居られません。
どうかお元気で。
そして、お幸せに。
草々
楽ではなくとも充実した毎日。
見上げただけで、全てを愛せそうなくらい優しい気持ちになれる空の蒼。
大切な人の笑顔。
求めて止まないものの大半が、そこにはあった。
虚構の中にしかない都合の良い安らぎ。
実現などありえない理想世界。
それが夢だと分かった時、私は空しさのあまり、しばらく放心状態となった。
願望が夢に現れるのは珍しい話でもなさそうだが、状況によっては単純な悪夢よりも残酷な仕打ちだ。
本当は些細なことなのだ。
ただ、少々タイミングが悪かった。
時間と共に蘇る思考回路。
喜ばしいヴィジョンを嬉しく思うのが、普通の感覚なのだろうか。
私はとても喜べない。
夢に翻弄されるのは、どこかに甘えがあるからなのだろう。
自分の脆さを戒めるのみである。
大切な彼女がピンチなのかもしれない・・・自分よりはるかに前向きで元気だったのに、今は人と会えないくらいに疲弊している。
経緯をまとめると
主な特徴は「人を遠ざけたがる」「人の気配を感じるとイライラする」等だ。
最初はギャップに戸惑ったが、自分に当てはめてみれば「燃え尽き症候群ではないか?」という推測に至った。
心の病には造詣が深いつもりだったが、所詮プロではない。
非日常を目の当たりにすると無力な自分が情けなくなる。
鬱に近い症状が見られる。
少し距離を置いて様子を見るのが最善だと判断し、彼女の望む通りにしてみようと思う。
話をして、只事ではないのは理解した。
燃え尽き症候群でなくとも、休養は必要だ。
これは鬱の基礎知識なのだが・・・疲れてしまった人に「頑張ろう」や「急ごう」は負担でしかなく、禁句である。
出来れば覚えておいていただきたい。
しんどいにも関わらず、自分の状況を時々連絡してくれる彼女。
それに癒されながら「回復を待つのは無力な行為ではない!」と、自分に言い聞かせる私。
いつでも動けるように、気持ちは常に戦闘モードだ。
二人の共通の夢にして、憧れの「平穏な日々」は、まだ先のようである。
連絡が付いて、一息付いた。
auは保留のバリエーションが多くて判断が難しい。
急用で今日は「始まりの日」ではなくなったが、朝焼けの美しさを眺めるだけのゆとりは出来た。
大げさとは言え、命拾いをした気分だ。
私は、人に恋愛上でアドバイスをする際に「依存は良くない」と自分は"さもバランスをうまくとっている"かのような口振りで言う。
だが本当は、何より"依存がもたらす苦しみを理解している"という自負からなのだ。
依存だからこそ得られる「力」もあるにはあるが・・・
迷彩の如く1コール後あたりに発動するが、98%着信拒否な訳でorz
この状況に錯乱状態の自分が居る。
しかしメールは送信できる。
返事は来ない。
本来は恥ずかしくて記事になど出来る訳がないのだが、私は書き留める事で「正気」を保っている。
「自称:心配性」な私は、自分の置かれる「境遇」よりもあの人の「安否」が気になる。
明日になれば答えが出る。
それは・・・
「なんだ、そうだったのか!」
と笑い飛ばしている自分なのか、それとも・・・
あと2日黙っていれば「公言するとコケる」というジンクスを回避できるのだが、囚われている自分がバカらしくなったのでプチ発表(゚∀゚)
昨年から好きな人が居て、6月2日(土)から一緒に生活をする予定。
「この人が側に居てくれたら、私は真っ当な人間に軌道修正を出来るんじゃないか」という期待と純粋に「必要だ」と思う気持ち。
この想いの行方は?
今週の初めに大切な人の母が息を引き取った。
私は神にも仏にも他人にも頼らない主義だが、天国というものの存在を願わずにいられない。
何の慰めにもならない願望が、かえって無常な現実を際立たせるものだ。
私は貴女の分も生きて、幸せを目指す。
どうか見守ってほしい。