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少し前の話だが「ハイチに千羽鶴を送ろう」という呼び掛けが一部で物議を醸しており、興味深い。

「送らない方が良い」という意見が優勢らしく、私もこれには同意見である。

報道を見る限り、少し空気の読める人なら、折鶴に込めた気持ちが被災者に届くが否かは想像に難くない。

賛成側の一部が「やらない善よりやる偽善」を引き合いに出していたようだが、迷惑になりかねない行為を正当化する理由にはなりえない。

かといって、現地の関係者なら兎も角、国内で安穏としていながら、やれ偽善だ、やれゴミを送るな、と鬼の首でも取ったかのように非難するのはどうかと思う。

良識があるつもりで人様を叩く方こそ、偽善なのではないだろうか。
私も始めは少し馬鹿にしていたが、日を置いて考えを改めた。

遠い国の災害に関心を持ち、何かをしたいと考えるのは素晴らしい事だ。

気持ちを適切な行動に昇華できなかったとは言え、その点は評価されても良かったのではないだろうか。


相手を想うのであれば、相手の立場を熟慮し、最良の選択を模索しなければ、良い結果に繋がらない。

この苦い経験が提案者の今後のプラスになることを、願うばかりである。

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ひょんなきっかけで久々にmixiにログインする事になった。

貴重なマイミクの衆は、大方無事なようで何よりである。


設定項目を確認したところ、自分で書いたはずのプロフィールが何故か新鮮で、日記か備忘録を読み返しているような複雑な気分になった。

この痕跡は私。

今、痕跡をなぞっている私とは少し異なる。

余所行きのプロフィールは、簡易タイムカプセルなのかも知れない。

記憶の記録の感慨深さを改めて知った。

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mixiの利用規約の改定が話題になっている。
新しい利用規約は、2008年4月1日に施行される予定だ。

いわゆる著作権に関する表記が注目されており、主な火種は下記の2項である。

第17条 日記等の情報に関する権利
本サービスを利用して日記等の情報を投稿するユーザーは、弊社に対し、当該日記等の情報が第三者の権利を侵害していないことを保証するものとします。 第三者との間で何らかの紛争が発生した場合には、当該ユーザーの費用と責任において問題を解決するとともに、弊社に何等の迷惑又は損害を与えないものとします。
第18条 日記等の情報の使用許諾等
本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行うこと)を許諾するものとします。 ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします。


私の見たところ・・・
「日記が元で問題が起きても、こちらで責任を取りませんよ」というリスクヘッジと「日記の内容を無償で使わせていただく場合がありますよ」という商用利用への複線のような感じがするのだが、営利全開とも解釈できる規約の変更に一部のユーザーは懸念し、また一部では反発が起こっている。


後日、広報より「日記等の権利はユーザー自身にあり、ユーザーの事前了承なしに書籍化は行わない」との釈明があったようだ。

利潤の追求は企業として当然ではあるが、言い回しがスマートではなかったのが良くなかった。

基本サービスが無料とはいえ、サービスを提供する対象となるユーザーは、顧客同様である事を忘れてはならず、顧客が不安になるような表記は避ける必要がある。

後付でなら何とでも言えるのだが、やはり指摘される前に運営側の意図を併記しておくべきだったのだ。

急成長した会社の脆さが露呈しているように見受けられた。


私は積極的な利用はしておらず、数少ないマイミクの日記を細々と巡回しているぐらいだが、mixiは私にとって疎遠となった友との掛け橋だ。

何かと波紋を起こしているmixiだが、それらを真摯に受け止め、今後企業として運営者として成長してもらいたいものだ。


【参考記事】
mixi規約改定問題 「ユーザーが著作者の時代」にまた繰り返す大騒動 - ITmedia News

「mixi日記、無断書籍化はしない」――規約改定の意図をミクシィが説明 - ITmedia News

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少し前からネットで蔓延している「読み逃げ」をご存知だろうか。

記事をただ読むだけの行為を「マナー違反」とするらしい。

「逃げ」という言葉を用いる辺り、「見ているのに、何でコメントをくれないの?」といった想いが伺える。
何とも身勝手・・・と言うか痛々しい思考回路だ。

ブログやSNSは、自己満足で続けるものではないだろうか。

ただでさえ自己満足で書いている記事に、更なる満足を求めて「レスを付けろ」と?(゚Д゚)
もうね、何様なのかと。

社交辞令的な会話は、ネット・現実を問わずコミュニケーションとは言わない。

それが強要されて、ひねり出した言葉ならなおさらだ。

ここには「考える」という大義名分があるものの、動力源はやはり自己満足だ。

知人や赤の他人がわざわざ見に来てくれているだけで、私は十分ありがたい。
「また来る」とか「もう来ない」とか関係ない。
「来てくれて(見てくれて)」ありがとう、だ。

こんなところで閲覧者に収穫があろうものなら、冥利に尽きるというものである。


熱くなってはみたものの、読み逃げはネタ説が有力orz

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